ハードボイルド小説【臨時休業】
俺の名は武ぞう。静岡県伊東市でラーメン店を営んでいる。
そんな俺の趣味は食べ歩き。休みの日はラーメンだけでなく、色んな料理を食べ歩いている。
色んなお店に行くと全て勉強になる。俺も料理人の端くれ。一生勉強、一生修行だと思って食べ歩きを続けている。なかやまきんに君ではないが“It's My Life(それが俺の人生)”だからだ。

だが、そんな勉強と趣味を兼ねた食べ歩きなのだが、1つだけ難点がある。
飲食店にはありがちなのだが、ラーメン店も含め、飲食店にはとにかく月曜日定休日が多い。何を隠そう、ウチの店、武ぞうも月曜定休だ。
なので、俺が月曜日以外に休んだ時は必ずと言っていいほど、月曜日定休のお店に行く。
最近ウチの近所にオープンした『Ramen&bar Kei』月曜定休
『醤油らぁ麺』

あっさり魚介スープ。パツンとした自家製麺。レアチャーシューからも丁寧な仕事が感じられた。
『つけ麺』

魚介豚骨。こちらのチャシューは煮豚。麺は全粒粉入り。
夜のメニュー『カルパッチョ』と『サラダ』


ウチの近所にもこんな素敵で本格的なラーメン屋さんが出来るなんて嬉しい限りだ。
沼津『やきとり 車』月曜定休

先日、沼津で呑んだ時に仲間に連れてってもらったお店。
美味しかった。お客さん一杯だった。
その日の晩の〆。同じく沼津『池めん』台湾まぜそば 月曜定休

串ざる本舗と同一店舗で営業。説明不要の美味さ。
たまに月曜日以外休むと、こうして普段行けないお店に行ける。
そんな中、俺は先日の5月にGWの代休で火・水・木曜日を休む事にした。

そんな三連休も、やる事と言ったらやはり食べ歩きだ。
火曜日は先程紹介したお店を食べ歩き、翌日の水曜日は横浜方面に用事があったので、そちらの月曜定休のお店に行く事にした。
そんな水曜日。横浜に向けて出発。
横浜でのお目当てのお店は二軒。もちろんどちらも月曜定休のお店だ。
一軒目のお店に到着。
一軒目のお店は大本命の食べログ百名店にも選ばれ、カップラーメンにもなってる
『らーめん鶏喰~TRICK~』月曜定休

俺が昔からずっと来たかったお店だ。この三連休一番楽しみにしていたお店でもある。
このお店に来る為だけに何度月曜日以外休もうとした事か。今日やっとその夢が叶う。
俺ははやる心を押さえて、お店の近くのコインパーキングに車を停めた。
車を停め、駐車場からお店までの少しの距離を歩く。
5月中旬とは言え、この日は真夏のような気候だ。少しの距離を歩くだけでも汗ばむ。
でも、これから感じる未体験ゾーンの感動の事を考えれば、むしろその汗が心地良いぐらいだ。
そして俺はとうとう『らーめん鶏喰~TRICK~』の前へと立った。
ずっと逢いたかった最愛の人にやっと逢えたような、そんな気分だった。
1つ深呼吸をして、お店に入ろうとそのドアに手をかけようとしたその瞬間!
俺の頭の先から爪先にかけて雷に射抜かれたような感覚に見舞われた!!
【首の状態が非常に悪く、本日臨時休業させて頂きます】

り、り、臨時休業・・・?
横浜まで来たのに・・?
雷に打たれた衝撃の後には、重たい鉛の塊を飲み込んだかのように、胃の中にドス黒い絶望感が広がった。
俺はその絶望感に耐え切れず、その場で地面に膝を付きそうになった。
先程まで心地よく感じていた、初夏のような照りつける日差しが、今は非常に重苦しく感じた。
でも怪我なら仕方がない。俺達の商売は体が資本。その気持ちはよく分かる。
休みたくて休んだのではなく、仕方なくお店を閉めたのだろう。
それに俺だってこうして定休日以外を休んでいるんだ。
その時に来店して頂いたお客様の中にも、こういう気持ちになってる方が、少なからずいるはず。そういうお客様の気持ちを再認識出来た。
季節外れの春の強い日差しに打たれ、心も打ちひしがれ、俺は歩いて来た道をそのままトンボ返りして駐車場に戻った。
いつまでも落ち込んでいても仕方がない。車の乗ってエンジンをかける。エアコンからの冷風がその乱れた心に染み渡る。
その柔かな風に当たりながら一度目を閉じ、大きな深呼吸をして心を落ち着かせ、もう一軒のお目当ての店に向かう事にした。
その向かったもう一軒のお目当てのお店は全国区でもあり、都会に何店舗も出店している、塩ラーメン専門店『本丸亭』月曜定休。
食したのはもちろん塩らー麺。

流石。という言葉しか出て来ない程完成度が高い。
麺は長きにわたる“塩ラーメンには細麺”の定義をひっくり返した中太麺。そしてトッピングの春菊が良い仕事をしている。
春菊を塩ラーメンにトッピングするというアイデアが浮かぶ事自体が常人ではないのだと思う。
『らーめん鶏喰~TRICK~』は食せなかったのは残念だが、こういった超一流店のラーメンを食せて勉強になった。
しかし、横浜まで来てラーメン一杯だけで帰るのは気が引けた。
前日から横浜では二杯食べると決めていたので、急遽月曜定休のラーメン店を検索した。
ヒットしたのは今俺がいる場所のすぐ近くにある家系店。意外と有名店らしい。

盛り付けが全てを物語っていた。切ない気持ちを抱えながらこの店を後にした。
リカバリー店には恵まれなかったが、本丸亭という本物を体験出来たので、若干のモヤモヤした気持ちを押さえて帰路に着いた。
自宅に戻り、翌日の食べ歩きの計画を綿密に立てた。
今日の“お目当ての店が臨時休業“という失敗は明日に繋げてはならない。
俺は明日訪れるであろう、感動の波を想像しながら静かに眠りに着いた。
翌日。
この日は三連休最終日の木曜日。
興奮しているせいなのか、俺はこの日、朝早くに目が覚めてしまった。
熱くなった頭を冷やす意味で、俺はぬるめのシャワーを浴びた。
脳と体全体の細胞にそのシャワーが染み込んでいく感覚。
この日のお目当ての月曜定休のお店は二軒に絞った。
一軒目は伊豆の国市にある『ひょうたん弥兵衛』月曜定休。

こちらのお店は居酒屋さんなのだがランチもやっていて、そのランチタイムに提供してるラーメンが専門店レベルのクオリティという噂の有名店。
身支度を終え、早速俺はそのお店に向かった。
営業開始時間と同時に駐車場に車を滑り込ませ、そのお店に到着。
昨日の横浜の『らーめん鶏喰~TRICK~』とは違い、間違いなく開店している。
臨時休業は無い。普段行けないお店に行けると言う事からか、普段の食べ歩きとは一味違う高揚感に包まれた。
“居酒屋のなのに、ランチに専門店レベルのクオリティのラーメンを出すお店”
その店先に立ち、店頭に掲げてあるメニューに目を凝らした。
その店先のメニューを見た瞬間、急激に俺の鼓動が乱れる。脳の奥が急に冷え出す。
暑い時に出る汗ではなく、変な汗が背中を伝う。
この日の『ひょうたん弥兵衛』のランチメニューの中に期待して当たり前にあると思っていた“ラーメン”という文字は無かった。

店員の方に聞いてみたところ、ランチのラーメンは隔週提供だそう。
つまり、第一週にラーメンを提供したら、次にランチでラーメンを提供するのは第三週。
この日はラーメン以外のランチメニューだった。
前日の『らーめん鶏喰~TRICK~』の前で感じたのに似た、嫌な感情が俺全体を包み込む。
同じ過ちを犯さない為に、昨日の晩、SNSや色々な情報をチェックしたのに、悔しい。
いや、悔しいというより『なんでいつも俺はこうなんだ』という自戒の念が強い。
そのお店でラーメンを食べるのは諦め、もう一軒のお目当てのお店に向かった。
そのお店は沼津市にある『伊豆家』月火定休。

天丼が有名なお店。沼津で天丼と言ったらこのお店なぐらいの有名店。
このお店がこの日の大本命。だが実はこの伊豆家、俺は過去に二回ほどフラれている。
一度目は、このお店がそれまで月曜定休だったのが、月火定休に変わったのを知らずに、やっと休みを取って火曜日に行ったら休み。
二回目はやっと休みを取った水曜日に、インターネット上に記載されてる営業時間内に行ったのだが、売り切れで営業終了。

正直言うと、自営業の俺たちはそんなに頻繁に定休日以外に休みは取れない。
休みを取れないというより、そんな簡単に定休日以外にお店を閉めれない。
会社員と違って定休日以外にお店を閉めると言う事は、それだけ売り上げが減って経営を圧迫するからだ。
お客様への信頼も失う。
なので今回のGWの代休で休んだこの木曜日で三度目の正直のリベンジをどうしても果したい。
このお店は月火休み。今日は18日の木曜日。完全に営業日。そしてお店に到着した。
このお店の営業開始時間は11時。今の時間11時50分。さすがにこの時間の売り切れはあり得まい。
俺はお店から少し離れた駐車場に車を停めた。
車を停め、駐車場からお店までの少しの距離を歩く。
三度目の正直で、やっと夢にまで見た天丼が食べれる。
そして俺はとうとう『伊豆家』の前へと立った。
生まれた時から離れ離れだった親とやっと逢えたような、そんな気分だった。
1つ深呼吸をして、お店に入ろうとそのドアに手をかけようとしたその瞬間!
脳天を鈍器で殴られ、記憶が遠のく様なそんな感覚に見舞われた!!
【5月15日から19日まで連休します】

れ、れ、連休・・・?
り、り、臨時休業・・・?
実際殴られたわけではないが、頭の奥に本当に殴られたような嫌な痺れた違和感がいつまでも残ってる。
その張り紙の文字の意味が理解できず、しばらくその場に立ち尽くした。その後、運転免許や高校受験に失敗した時の様な嫌悪感が胸の奥に広がった。
何故か先程の『ひょうたん弥兵衛』や前日の『らーめん鶏喰~TRICK~』の臨時休業を目の当たりにした時とは違った感情が溢れ出した。
『らーめん鶏喰~TRICK~』の時はその場で地面に膝を付きそうになったが、今回はその張り紙に向かって「キィー!!フザッケンナ!!3回目だぞ!!」と叫びたい感情に駆られた。
その窓ガラスにドンっと拳を当てたい気持ちを必死に理性で抑えた。
でもGWの代休なら仕方がない。コロナ明けで今年のGWは凄まじく忙しかったのだろう。ウチもそうだった。実際俺だってこうしてGWの代休で定休日以外を休んでいるのだ。
とはいえ、前日から営業時間や定休日をくまなく調べ、綿密に計画を練った2軒の店からフラれた俺は相当なダメージを受けた。
だが、いつまでも落ち込んでいても仕方がない。駐車場に戻って車に乗り、他に行きたかった月曜日休みのお店を思い起こす。
三島 スープカレー専門店『よつば』 日曜月曜定休 『スープカレーラーメン』

トマトベースのスパイスの効いたスープカレーラーメン。凄く美味しい。
今まで食べたスープカレーのなかでも断トツに美味い。滅多に来れないので職業柄スープカレーラーメンを選んだが、定番のスープカレーが食べたかった。お店も経営者の方も凄くお洒落でお客さん一杯だった。
結局この日はお目当てのお店2軒に振られたが、凄く美味しいお店に出会えたので、俺の心のモヤモヤした部分は滝で洗い流されたかのように落ち着きを取り戻した。
前日同様、俺はこの木曜日は2軒食べ歩くと決めていたので、もう一軒の月曜定休のお店に狙いを定めた。獲物を狙うスナイパーの様に静かに蒼く俺の心は燃えていた。
そしていよいよ、この三連休最後の食べ歩きを飾る、月曜定休のお店に近付いて来た。
前日も横浜の一流店にフラれ、この日も2軒のお店にフラれた。
もう同じ過ちは繰り返したくない。俺はそのお店についてとことん調べ抜いた。
定休日はもちろん、営業時間、早仕舞いの可能性全部だ。
そのお店はその条件を全部クリアしている。今は間違いなく営業中だ。
そしてそのお店の前に差し掛かった時俺は、今までにない困惑に包み込まれた!
営業中?準備中?一体どっちなんだ!?

その光景を見て戸惑う俺。また店先まで行って臨時休業だったらどうしよう。
それとも本当に営業中なのだろうか?
そんな迷いや弱気が、俺の脳を支配しようとしたその瞬間!
あの、なかやまきんに君のあのフレーズが俺の頭の中に舞い降りた!
『オイっ!俺の筋肉!!そのお店に行くのかい?行かないのかい?どっちなんだいっ?!』

そうだった!迷っていたら先になんて進めない!
どんな結果が待ち受けてようとも、まずは一歩踏み出す勇気が大事なんだ!
だから「行ーーーくーーー!」

俺は覚悟を決めてその店の前に立った!!
でも俺はまたしてもその店の前で凍り付いた。
そうなのだ。その店も臨時休業だったのだ!!

俺は絶望を通り越し、自分でも制御出来ない程の不思議な感情に陥った。
次の瞬間「フフフ・・・ハハハ・・・アハハ・・・」と何故か腹の底から笑いが込み上げて来たのだ。
人間と言うのは、三軒連続で臨時休業を喰らうと、怒りや悲しみ、自分への情けなさを通り越して、笑いが出て来るんだと初めて知った。
ひとしきり自分へ失笑した俺は、またしても駐車場の車に戻り、大きく深呼吸をし心を静めた。
昨日も一番のお目当ての店が臨時休業。
そして今日はお目当ての店、2軒が臨時休業。
前日からとことん調べたのにも関わらずだ。
でもそれも仕方がない。どのお店もGWに頑張ったから、この時期に休んだのだろう。
ウチだってそうだ。
そう自分に言い聞かせて悔しさを紛らわした。
そして、快晴の5月の春空を見上げながら、静かに目を閉じ俺はこうつぶやいた。
もう・・・・
『ヤーーーー!!!』

完
そんな俺の趣味は食べ歩き。休みの日はラーメンだけでなく、色んな料理を食べ歩いている。
色んなお店に行くと全て勉強になる。俺も料理人の端くれ。一生勉強、一生修行だと思って食べ歩きを続けている。なかやまきんに君ではないが“It's My Life(それが俺の人生)”だからだ。

だが、そんな勉強と趣味を兼ねた食べ歩きなのだが、1つだけ難点がある。
飲食店にはありがちなのだが、ラーメン店も含め、飲食店にはとにかく月曜日定休日が多い。何を隠そう、ウチの店、武ぞうも月曜定休だ。
なので、俺が月曜日以外に休んだ時は必ずと言っていいほど、月曜日定休のお店に行く。
最近ウチの近所にオープンした『Ramen&bar Kei』月曜定休
『醤油らぁ麺』

あっさり魚介スープ。パツンとした自家製麺。レアチャーシューからも丁寧な仕事が感じられた。
『つけ麺』

魚介豚骨。こちらのチャシューは煮豚。麺は全粒粉入り。
夜のメニュー『カルパッチョ』と『サラダ』


ウチの近所にもこんな素敵で本格的なラーメン屋さんが出来るなんて嬉しい限りだ。
沼津『やきとり 車』月曜定休

先日、沼津で呑んだ時に仲間に連れてってもらったお店。
美味しかった。お客さん一杯だった。
その日の晩の〆。同じく沼津『池めん』台湾まぜそば 月曜定休

串ざる本舗と同一店舗で営業。説明不要の美味さ。
たまに月曜日以外休むと、こうして普段行けないお店に行ける。
そんな中、俺は先日の5月にGWの代休で火・水・木曜日を休む事にした。

そんな三連休も、やる事と言ったらやはり食べ歩きだ。
火曜日は先程紹介したお店を食べ歩き、翌日の水曜日は横浜方面に用事があったので、そちらの月曜定休のお店に行く事にした。
そんな水曜日。横浜に向けて出発。
横浜でのお目当てのお店は二軒。もちろんどちらも月曜定休のお店だ。
一軒目のお店に到着。
一軒目のお店は大本命の食べログ百名店にも選ばれ、カップラーメンにもなってる
『らーめん鶏喰~TRICK~』月曜定休

俺が昔からずっと来たかったお店だ。この三連休一番楽しみにしていたお店でもある。
このお店に来る為だけに何度月曜日以外休もうとした事か。今日やっとその夢が叶う。
俺ははやる心を押さえて、お店の近くのコインパーキングに車を停めた。
車を停め、駐車場からお店までの少しの距離を歩く。
5月中旬とは言え、この日は真夏のような気候だ。少しの距離を歩くだけでも汗ばむ。
でも、これから感じる未体験ゾーンの感動の事を考えれば、むしろその汗が心地良いぐらいだ。
そして俺はとうとう『らーめん鶏喰~TRICK~』の前へと立った。
ずっと逢いたかった最愛の人にやっと逢えたような、そんな気分だった。
1つ深呼吸をして、お店に入ろうとそのドアに手をかけようとしたその瞬間!
俺の頭の先から爪先にかけて雷に射抜かれたような感覚に見舞われた!!
【首の状態が非常に悪く、本日臨時休業させて頂きます】

り、り、臨時休業・・・?
横浜まで来たのに・・?
雷に打たれた衝撃の後には、重たい鉛の塊を飲み込んだかのように、胃の中にドス黒い絶望感が広がった。
俺はその絶望感に耐え切れず、その場で地面に膝を付きそうになった。
先程まで心地よく感じていた、初夏のような照りつける日差しが、今は非常に重苦しく感じた。
でも怪我なら仕方がない。俺達の商売は体が資本。その気持ちはよく分かる。
休みたくて休んだのではなく、仕方なくお店を閉めたのだろう。
それに俺だってこうして定休日以外を休んでいるんだ。
その時に来店して頂いたお客様の中にも、こういう気持ちになってる方が、少なからずいるはず。そういうお客様の気持ちを再認識出来た。
季節外れの春の強い日差しに打たれ、心も打ちひしがれ、俺は歩いて来た道をそのままトンボ返りして駐車場に戻った。
いつまでも落ち込んでいても仕方がない。車の乗ってエンジンをかける。エアコンからの冷風がその乱れた心に染み渡る。
その柔かな風に当たりながら一度目を閉じ、大きな深呼吸をして心を落ち着かせ、もう一軒のお目当ての店に向かう事にした。
その向かったもう一軒のお目当てのお店は全国区でもあり、都会に何店舗も出店している、塩ラーメン専門店『本丸亭』月曜定休。
食したのはもちろん塩らー麺。

流石。という言葉しか出て来ない程完成度が高い。
麺は長きにわたる“塩ラーメンには細麺”の定義をひっくり返した中太麺。そしてトッピングの春菊が良い仕事をしている。
春菊を塩ラーメンにトッピングするというアイデアが浮かぶ事自体が常人ではないのだと思う。
『らーめん鶏喰~TRICK~』は食せなかったのは残念だが、こういった超一流店のラーメンを食せて勉強になった。
しかし、横浜まで来てラーメン一杯だけで帰るのは気が引けた。
前日から横浜では二杯食べると決めていたので、急遽月曜定休のラーメン店を検索した。
ヒットしたのは今俺がいる場所のすぐ近くにある家系店。意外と有名店らしい。

盛り付けが全てを物語っていた。切ない気持ちを抱えながらこの店を後にした。
リカバリー店には恵まれなかったが、本丸亭という本物を体験出来たので、若干のモヤモヤした気持ちを押さえて帰路に着いた。
自宅に戻り、翌日の食べ歩きの計画を綿密に立てた。
今日の“お目当ての店が臨時休業“という失敗は明日に繋げてはならない。
俺は明日訪れるであろう、感動の波を想像しながら静かに眠りに着いた。
翌日。
この日は三連休最終日の木曜日。
興奮しているせいなのか、俺はこの日、朝早くに目が覚めてしまった。
熱くなった頭を冷やす意味で、俺はぬるめのシャワーを浴びた。
脳と体全体の細胞にそのシャワーが染み込んでいく感覚。
この日のお目当ての月曜定休のお店は二軒に絞った。
一軒目は伊豆の国市にある『ひょうたん弥兵衛』月曜定休。

こちらのお店は居酒屋さんなのだがランチもやっていて、そのランチタイムに提供してるラーメンが専門店レベルのクオリティという噂の有名店。
身支度を終え、早速俺はそのお店に向かった。
営業開始時間と同時に駐車場に車を滑り込ませ、そのお店に到着。
昨日の横浜の『らーめん鶏喰~TRICK~』とは違い、間違いなく開店している。
臨時休業は無い。普段行けないお店に行けると言う事からか、普段の食べ歩きとは一味違う高揚感に包まれた。
“居酒屋のなのに、ランチに専門店レベルのクオリティのラーメンを出すお店”
その店先に立ち、店頭に掲げてあるメニューに目を凝らした。
その店先のメニューを見た瞬間、急激に俺の鼓動が乱れる。脳の奥が急に冷え出す。
暑い時に出る汗ではなく、変な汗が背中を伝う。
この日の『ひょうたん弥兵衛』のランチメニューの中に期待して当たり前にあると思っていた“ラーメン”という文字は無かった。

店員の方に聞いてみたところ、ランチのラーメンは隔週提供だそう。
つまり、第一週にラーメンを提供したら、次にランチでラーメンを提供するのは第三週。
この日はラーメン以外のランチメニューだった。
前日の『らーめん鶏喰~TRICK~』の前で感じたのに似た、嫌な感情が俺全体を包み込む。
同じ過ちを犯さない為に、昨日の晩、SNSや色々な情報をチェックしたのに、悔しい。
いや、悔しいというより『なんでいつも俺はこうなんだ』という自戒の念が強い。
そのお店でラーメンを食べるのは諦め、もう一軒のお目当てのお店に向かった。
そのお店は沼津市にある『伊豆家』月火定休。

天丼が有名なお店。沼津で天丼と言ったらこのお店なぐらいの有名店。
このお店がこの日の大本命。だが実はこの伊豆家、俺は過去に二回ほどフラれている。
一度目は、このお店がそれまで月曜定休だったのが、月火定休に変わったのを知らずに、やっと休みを取って火曜日に行ったら休み。
二回目はやっと休みを取った水曜日に、インターネット上に記載されてる営業時間内に行ったのだが、売り切れで営業終了。

正直言うと、自営業の俺たちはそんなに頻繁に定休日以外に休みは取れない。
休みを取れないというより、そんな簡単に定休日以外にお店を閉めれない。
会社員と違って定休日以外にお店を閉めると言う事は、それだけ売り上げが減って経営を圧迫するからだ。
お客様への信頼も失う。
なので今回のGWの代休で休んだこの木曜日で三度目の正直のリベンジをどうしても果したい。
このお店は月火休み。今日は18日の木曜日。完全に営業日。そしてお店に到着した。
このお店の営業開始時間は11時。今の時間11時50分。さすがにこの時間の売り切れはあり得まい。
俺はお店から少し離れた駐車場に車を停めた。
車を停め、駐車場からお店までの少しの距離を歩く。
三度目の正直で、やっと夢にまで見た天丼が食べれる。
そして俺はとうとう『伊豆家』の前へと立った。
生まれた時から離れ離れだった親とやっと逢えたような、そんな気分だった。
1つ深呼吸をして、お店に入ろうとそのドアに手をかけようとしたその瞬間!
脳天を鈍器で殴られ、記憶が遠のく様なそんな感覚に見舞われた!!
【5月15日から19日まで連休します】

れ、れ、連休・・・?
り、り、臨時休業・・・?
実際殴られたわけではないが、頭の奥に本当に殴られたような嫌な痺れた違和感がいつまでも残ってる。
その張り紙の文字の意味が理解できず、しばらくその場に立ち尽くした。その後、運転免許や高校受験に失敗した時の様な嫌悪感が胸の奥に広がった。
何故か先程の『ひょうたん弥兵衛』や前日の『らーめん鶏喰~TRICK~』の臨時休業を目の当たりにした時とは違った感情が溢れ出した。
『らーめん鶏喰~TRICK~』の時はその場で地面に膝を付きそうになったが、今回はその張り紙に向かって「キィー!!フザッケンナ!!3回目だぞ!!」と叫びたい感情に駆られた。
その窓ガラスにドンっと拳を当てたい気持ちを必死に理性で抑えた。
でもGWの代休なら仕方がない。コロナ明けで今年のGWは凄まじく忙しかったのだろう。ウチもそうだった。実際俺だってこうしてGWの代休で定休日以外を休んでいるのだ。
とはいえ、前日から営業時間や定休日をくまなく調べ、綿密に計画を練った2軒の店からフラれた俺は相当なダメージを受けた。
だが、いつまでも落ち込んでいても仕方がない。駐車場に戻って車に乗り、他に行きたかった月曜日休みのお店を思い起こす。
三島 スープカレー専門店『よつば』 日曜月曜定休 『スープカレーラーメン』

トマトベースのスパイスの効いたスープカレーラーメン。凄く美味しい。
今まで食べたスープカレーのなかでも断トツに美味い。滅多に来れないので職業柄スープカレーラーメンを選んだが、定番のスープカレーが食べたかった。お店も経営者の方も凄くお洒落でお客さん一杯だった。
結局この日はお目当てのお店2軒に振られたが、凄く美味しいお店に出会えたので、俺の心のモヤモヤした部分は滝で洗い流されたかのように落ち着きを取り戻した。
前日同様、俺はこの木曜日は2軒食べ歩くと決めていたので、もう一軒の月曜定休のお店に狙いを定めた。獲物を狙うスナイパーの様に静かに蒼く俺の心は燃えていた。
そしていよいよ、この三連休最後の食べ歩きを飾る、月曜定休のお店に近付いて来た。
前日も横浜の一流店にフラれ、この日も2軒のお店にフラれた。
もう同じ過ちは繰り返したくない。俺はそのお店についてとことん調べ抜いた。
定休日はもちろん、営業時間、早仕舞いの可能性全部だ。
そのお店はその条件を全部クリアしている。今は間違いなく営業中だ。
そしてそのお店の前に差し掛かった時俺は、今までにない困惑に包み込まれた!
営業中?準備中?一体どっちなんだ!?

その光景を見て戸惑う俺。また店先まで行って臨時休業だったらどうしよう。
それとも本当に営業中なのだろうか?
そんな迷いや弱気が、俺の脳を支配しようとしたその瞬間!
あの、なかやまきんに君のあのフレーズが俺の頭の中に舞い降りた!
『オイっ!俺の筋肉!!そのお店に行くのかい?行かないのかい?どっちなんだいっ?!』

そうだった!迷っていたら先になんて進めない!
どんな結果が待ち受けてようとも、まずは一歩踏み出す勇気が大事なんだ!
だから「行ーーーくーーー!」

俺は覚悟を決めてその店の前に立った!!
でも俺はまたしてもその店の前で凍り付いた。
そうなのだ。その店も臨時休業だったのだ!!

俺は絶望を通り越し、自分でも制御出来ない程の不思議な感情に陥った。
次の瞬間「フフフ・・・ハハハ・・・アハハ・・・」と何故か腹の底から笑いが込み上げて来たのだ。
人間と言うのは、三軒連続で臨時休業を喰らうと、怒りや悲しみ、自分への情けなさを通り越して、笑いが出て来るんだと初めて知った。
ひとしきり自分へ失笑した俺は、またしても駐車場の車に戻り、大きく深呼吸をし心を静めた。
昨日も一番のお目当ての店が臨時休業。
そして今日はお目当ての店、2軒が臨時休業。
前日からとことん調べたのにも関わらずだ。
でもそれも仕方がない。どのお店もGWに頑張ったから、この時期に休んだのだろう。
ウチだってそうだ。
そう自分に言い聞かせて悔しさを紛らわした。
そして、快晴の5月の春空を見上げながら、静かに目を閉じ俺はこうつぶやいた。
もう・・・・
『ヤーーーー!!!』

完
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